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時論・創論 産業経済

「地域テクノロジーの先進県へ」

2013.12.17
執筆者:恵原 義之(エバラヨシユキ)

 鹿児島県は教育熱心な県の一つとしてよく知られています。筆者は現在横浜市に住んでいますが、当県は学業でもスポーツでも有名な高校が沢山あることで知られており、これは誇りにしていいことと受け止めています。ところが、親や周囲が、「中央に出て名を挙げる」という明治以来の考えを抜け出せないため、有意の若者の多くは大都市圏に流出していきます。それでも、彼らが後に帰郷してくれるといいのですが、なかなかそうはいきません。残念ながら、人材は去り、人口は減り、産業も衰退する、というのが当県をはじめとする多くの県の悩みではないでしょうか。そんな中で、地元にて活躍する志ある方々が『言論鹿児島』を設立されたことは、離れて暮らすわれわれ出身者が大いに期待するところです。

 

疲弊した地方にこそ独自の政策が必要

 長年、政府も、経済界も、マスコミも口では「地域振興」、「統合的国土開発」と言いながら、中央集権はますます強化され、結果として地方では仕事が減り、商店街は疲弊していく、これがこの国の現実でした。これからの地方のありかたがこれまでの延長であってはうまく進まないであろうことは誰の目にも明らかです。

 ならば、何か具体的な「問題点」を指摘し、その「対応策」を提案しろ、とお叱りを受けそうです。筆者は奄美大島の出身で、中学一年まで地元で育ちました。その後、親の転勤に伴い各地で生活しましたが、学生時代から今日に至るまで機会あるごとに鹿児島県下の各地域を歩き、歴史と文化と信仰の土地とを訪ね、また人々と話をしてきました。社会人となって以来首都圏に住んでいますが、その間、国内外に業務出張し、一時期外国に駐在する日々でした。現在は出身地の小さな集落の陋屋を改装して二地域居住を実践しています。出身者が地元に何らかの拠点を確保し、そこで地域おこしの活動に参加し、全国各地の客人を迎え入れ、集落の人たちとの交流の場を作り出すことで、地域社会の保全に少しは役に立つことを実感しています。

 個人レベルの話はさておいて、県全体の課題への対処を示さねばなりません。筆者が考えるのは「地域密着テクノロジーの先進県」を目指すことです。「学術理論」はさておいて、本県には技術の実務を学び、それを社会に還元するにふさわしい環境が整っている、と感じます。

 

「宇宙工学」、「応用生物学」、「海洋資源」の可能性

 たとえば、「宇宙工学」関連です。日本にある二つのロケット基地は、本県の肝属郡内之浦と種子島にあります。これ以上宇宙工学の技術を学ぶに適した県はありません。ロケットの設計、運搬、組み立て、発射、観測、データ収集・分析にいたる作業要員を地元で育てれば、日本のロケットのコストダウンにも繋がります。小中学生に夢を与えることかできます。

 また、「応用生物学」です。県下の「いも焼酎」、「黒糖焼酎」は全国的によく知られています。さらに、酢、醤油、味噌、等の「発酵製品」は県独自のものがあります。奄美群島や屋久島は希少動植物、未発見の新種生物の宝庫です。それらの薬効研究はほとんど手つかずの状態です。農作物の害虫駆除や品質向上、医薬品の原材料などの「有機化学」を研究するために、従来の農業試験所等の施設を発展させ、単位取得可能な「研究所」、すなわち「ラボラトリーLaboratory」とするのにさほどの資金を必要とはしません。現在、世界的な問題となっている「遺伝子操作」による種子や食物や肥料の弊害を乗り越えるものを作り出せるかもしれません。専門研究機関が設立されて、内外から研究者が集まるようになれば、県下に多い火山灰、シラスの有効利用の道も開ける可能性があると思います。

 最近のニュースで、トカラ列島近くに希少金属を含む鉱脈が発見されたというものがあ

りました。これまでも、奄美大島近海から沖縄近海にかけて海底鉱脈は多く発見されていますが、日本には本格的な大型海洋掘削技術の実績がなく、この分野の遅れが資源外交の遅れにつながっていると言われています。さいわい、県下には海があり、大小の島々があります。掘削技術の専門学校を設置し、大学の学部、研究所などを招聘して県下の若い人々に研修と実践の場を提供すれば、その技術を生かして一つの産業として成り立つ可能性があります。

 

 

沖縄県との協調による「東アジア」への視野

 また、「東アジア研究所」が考えられます。鹿児島県は南北600キロと縦に長い県であり、その西側には東シナ海が広がっています。かつては遣唐使が、倭寇が、そして仏僧が、キリスト教の伝道師がやってきた海です。漁師や商人の往来も多数記録されています。その向こうには、これから世界で最も経済発展する地域が広がっています。中国、韓国、台湾、さらにその南に続く東南アジアの国々と近いのは、日本で沖縄県と鹿児島県です。鹿児島県の強みは、本土にあって京阪神、中京、首都圏と陸路で繋がっている点です。それは、鑑真やザビエルや鉄砲をもたらしたポルトガル船が本県域にやってきたことにも表れています。

 国内で競うのではなく、沖縄県と協調し、まずは県と同緯度にある上海、杭州と、次に沖縄県と同緯度の福州、温州、厦門と、そして歴史的に交流のあった連雲港、青島、韓国の済州島や釜山、などにある大学・研究機関とネットで結び、共同研究のための拠点を県下に設置することはそれほど難しいことではありません。地図を眺めれば分かるとおり、黄海から東シナ海、南シナ海と続く海域は「東アジア地中海」でもあるのです。これまでいろいろなわだかまりがあって進展しなかったこの地域の協調を、「実学研究」から始めることで可能性が無限に拡がります。その先鞭を鹿児島県がとるなら、いろいろな学問分野の学生や研究者が世界各国から集まることが期待されます。

 

 

「知能と技術が集積する地域」への転換

 現在の日本で、地方都市、県が東京と対等に渡り合うことは無理があります。それぞれの地理的位置や、歴史的なつながりや、産業発達の経緯を生かしての個別の地域創造が生き延びる道と思います。

 幸い、鹿児島県には「地域開発のための実学」の先進県・模範県となる素地があります。「教育に熱心な県」から「知能と技術が集積する地域」へと発展することが可能であり、それに手を付けるのに早すぎることはない、と考えております。

恵原 義之(エバラヨシユキ)

恵原 義之(エバラヨシユキ)

1945年鹿児島県奄美市生まれ。大阪外国語大学(現、大阪大学外国語学部)卒、早稲大学アジア太平洋センタービジネススクール修了、
1971年株式会社電通入社。営業企画局企画推進部長、SP局海外事業部長、国際事業局次長、インド事務所長等の業務に従事。現在、同社社友。
関東学院大学人間環境学部にて非常勤講師(メディア論、南アジア論、等)。法政大学沖縄文化研究所国内研究員、日本島嶼学会、奄美郷土研究会にて小論を発表している。
著書に「インド・パースベクティヴ」(ボイジャー社2008)、「カンボジア号幻影」(新風舎2005)、「砂マンダラ」(海風社2007)等。

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