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知覧の街づくり秘話

2014.12.24
執筆者:菅井 憲郎(スガイノリオ)

 

 30年程前のことになるが、経済の高度成長に一服感が漂い始めたころ、行政職員の中には、これまでの機能重視の行政から潤いや安らぎなどの人間性を重視する行政に転換しようとする動きがあった。鹿児島では、私の課で県の政策として取り組んでいた。

 このとき、知覧町から、妻籠とか津和野のような街づくりをしたいので、提言をしてもらいたいとの相談が持ち込まれた。

 当時、このような相談に対応するために、都市計画、建築、造園などの専門家のチームを作っていた。そこで、その専門家たちと話し合うと、まずは現地を見てみようということになった。

 

■ 歩道に水路をつくり鯉を泳がせる

 現地で、知覧町の考えを聞くと、町を縦断する国道を拡幅することになったので、この機会に武家屋敷群としての雰囲気のある街を造りたいという。特に、歩道部分に水路を造り、鯉を泳がせるというのが強い意向だった。

 当時の国道は、幅員7メートル、往復2車線だったが、これを15メートル、4車線に拡幅する計画だという。私たちは、町の考えをもとに検討に入った。

  水路の幅について、町は、50センチ程度でいいという。しかし、それでは側溝程度のイメージしか湧かない。水路としての雰囲気を持たせるためには、人がまたげないほどの幅(2メートル)が必要と主張した。結局は、折半して1.2メートルになった。

 水路に流す水は、麓川の上流から取水して導水管で引いてくることができる。

 歩道幅は、来街の歩行者が街の景色を楽しみながらゆっくりと歩けるためには、2メートルが必要である。

 こうなると、両側の歩道と水路の分で6メートルになり、残りの9メートルが車線幅になり、これでは往復2車線しかとれない。ところが、県の土木部と町は、国道だから4車線必要だという。

 つまり、歩道と水路を優先すれば車道が狭くなり、4車線にすれば歩道幅や水路が狭くなる。私は、車線幅を広く取りすぎると、街が分断されて、武家屋敷の町という情緒が損なわれると主張し、結局2車線になった。

 

■江戸時代風に建物デザインを統一

 次に、国道沿いの建物のデザインについて。江戸時代風のデザインに統一したいという。街づくりをしている他の自治体では、条例でデザインや色彩などを決めている例がある。

 しかし、知覧町では、そのような強制的な決まりで街づくりをしたくないということで、民間の理解と協力を期待することにした。そのためには、まずは、行政が先行的に建物を造り、手本を示さなければならない。そのようなことを話し合っていると、郵便局が江戸時代風の建物を建設することになった。

 

■雰囲気を阻害する電柱の扱い

 その次の問題は、雰囲気を阻害する電柱の扱いであった。景観を大事にするために電線を地下埋にすると、地元の町が多額の経費を負担しなければならない。

 経費をかけないで、景観を損なわないようにするためには、九電の負担で電柱を国道を避けて移設することができればということになった。九電の協力を得るのは難しいだろうとの意見が多かったが、ダメもとで、まずは話してみようということになった。

 町の担当者が九電に相談すると、国道と武家屋敷通りを迂回して移設することを、すんなりと了解してくれた。

 

■雰囲気を大事に考えた舗装

 次に、武家屋敷通りであるが、屋敷そのもののほか、石垣の塀と道路が問題であった。塀は、イヌマキの緑と合わせて、武家屋敷通りとしての雰囲気を醸し出している。これを大事にした道路つくりが求められる。

 その道路は、未舗装だったために、雨降りの日には、車が通るとぬかるみ状態になっていた。町としては、舗装したいとの意向であったが、舗装してしまえば、いかにも人工的で、雰囲気が壊れる。石畳にすることも検討した。しかし、歩きにくくなるとか、管理が大変で、経費がかかるなどの意見が出た。

 そこで、情緒のある舗装をするために、県の土木部が、舗装材料をいろいろ試したすえ、シラスを混ぜることによっていかにも自然の土に近い舗装をすることができた。

 

■隠れた石橋の存在

 さらに。街づくりの資源を見つけるために街を歩いてみると、やや上流に知覧城に通じる細い道があって、麓川をまたぐ所に小さな石橋が架かっていた。雑草に隠れていたが、おそらく鹿児島の五石橋と同じ時代に造られたものであろう。今、造れば数億円はかかると言われた。

 また、橋の下を流れる川の岩場は、情緒があったので、これを生かして、人が水辺で遊べる公園を造ろうということになった。

 実は、改修する国道の下にもアスファルトに覆われた大きな石橋があった。掘り返えして橋を造り直せば大工事になり、多額の経費がかかるというので、そのまま残すことになった。今もそれが国道の下に眠っている。

 

菅井 憲郎(スガイノリオ)

菅井 憲郎(スガイノリオ)

慶応義塾大(経済)卒。
警察庁、外務省、兵庫県、茨城県に勤務後、鹿児島県庁で青少年育成、消費者保護、国際交流、高齢者福祉、職員研修、産業振興(商工業、林業、水産業)、ウォーターフロント開発等を担当。その後、鹿児島総合研究所専務取締役、鹿児島国際大学大学院教授、鹿児島県立短期大学講師等に勤務する傍ら、運輸事業(バス、船舶等)の経営にも携わる。
著書に「自治体の国際化政策」、「ムラからの国際交流」、「虹色の鹿児島を描く」など。政策研究・論文及び講演等多数。

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