鹿児島ウォッチャーは「鹿児島を深堀する」ネットメディアです

鹿児島ウォッチャーは「鹿児島を深堀する」ネットメディアです

  1. HOME
  2. レポート
  3. なぜ行政の取り組みは事業効果が小さいのか

時論・創論 自治

なぜ行政の取り組みは事業効果が小さいのか

2014.6.25
執筆者:上原 智之(ウエハラトモユキ)

 

■事業効果が小さい事業が多い行政の事業

 行政の施策は無駄が多いと言われる。無駄が多いかどうかは別として、実際に行政が実施している事業をみると、事業の効果が小さいのではないかと思われる事業が多いとは感じる。市民、県民から見れば、何のためにやっているのか、誰のためにやっているのかよくわからない事業がなぜこんなに多いのだろうか。

 

■行政が行う事業の効果が小さい理由① ~事業を実施する優先順位の間違い~

 行政が行う事業の効果が小さい理由の第一は、取り組むべき事業の優先順位のつけ方が間違っているからである。今の行政は「効果が大きい」事業よりも「行政がやりやすい事業」を優先的に実施することが多いからである。

 その一例として、鹿児島市が整備した「自転車専用道路の整備」がある。

 鹿児島市が数年前に整備した「自転車専用道路」は、鹿児島中央駅と天文館地区を結ぶ自転車道として整備された。一見、良い取り組みのように聞こえるが、実質は何の効果もない自転車道の整備になってしまっている。鹿児島中央駅と天文館地区を結んでいるとは言っても、パース通り、ナポリ通りを通って両地区を結んでいるのである。ほとんど自転車は通らない通りにわざわざ自転車道を整備しているのである。

 そもそも自転車道の整備は、自転車と歩行者が混在する道路での歩行者の安全確保な

どを目的に整備するはずであり、自転車交通も歩行者も少ないパース通り、ナポリ通りを通る自転車道を作っても事業効果はまったくないのである。

 なぜ、そのような整備が行わたのか。それは、「行政が整備しやすかったから」としか考えられないのである。

 「事業効果」と「事業のしやすさ」、事業の優先順位の関係を見てみよう。事業を実施する上で「事業効果が大きく」て「事業が実施しやすい」事業が最優先されるのは当然であろう。問題なのは、次に優先すべき事業である。行政の現状を見ると、「事業効果は小さく」ても「事業が実施しやすい」事業を優先しているとしか見えない。本来は「事業の実施が難しい」面があろうと「事業効果が大きい」事業を優先すべきであろう。

 鹿児島市の自転車道の整備に話を戻そう。鹿児島中央駅と天文館地区を結ぶ自転車道を整備するにあたっては「電車通り」沿いに整備するのが事業効果が大きいのは、だれにでもわかる。しかし、その実施にあたっては、様々な困難さがあるのもわかる。そのため、パース通り、ナポリ通りを通って、鹿児島中央駅と天文館地区を結ぶルートになったのだろう。

 しかし、こんな自転車道を作ったところで、利用はほとんどなく、整備した効果はまったくと言っていいほどないのである。まさに無駄な事業なのである。「事業の効果」よりも「事業の実施しやすさ」が優先されたわかりやすい事業例である。

事業の優先順位(図)

 

 

 

 

 

 

 

■行政が行う事業の効果が小さい理由② ~成果が問題にされない評価システム~

 では、行政ではなぜそのような優先順位で事業が行われるのであろうか。それは、行政の事業実施に対する評価の仕方が一因なのではないか。

 近年では多くの自治体が「行政評価」ということで、事業が効果的に行われているかなどを評価しているように、一見みえる。しかし、本当の意味での「評価」になっているのかははなはだ疑問である。

 なぜかというと、「行政評価」の名の元で行われている評価は、事業の「実施状況」が評価されることが多く、事業の「成果」が評価されることはあまりないからである。

 どういうことかと言うと、例えば、先の自転車道の整備を例にすれば、「自転車道を整備したかどうか」が評価の対象であり、整備した「自転車道が利用され、自転車道の整備目的が達成されたかどうか」は評価の対象ではないのである。

 もう一つ例をあげよう。大部分の市町村では「健康づくり教室」が実施されている。この事業に関して言えば「教室を何回実施したか」、「教室への参加者は何人だったか」などといったことが評価の対象であり、事業の目的である「健康な人が増えたかどうか」はまったく評価されないのである。

 今の行政の評価の仕組みでは、率直に言えば、金さえあれば事業が実施でき、評価されるのである。事業の結果や成果はほとんど問われないため、「事業でどのような成果をあげるか」ではなく、「事業をやる」こと自体が、行政が実施する事業の目的となってしまっているのである。

 

■意味をなしていないマニフェスト

 話はまったく違うレベルだが、県知事や市町村長のマニフェストも同じようなことが言える。伊藤知事は、選挙のたびに何十にもわたるマニフェストの項目を掲げ、90数%は達成できているとかなんとか言っている。しかし、マニフェストに掲げられている項目の大部分は「何をするか」である。本来、県民と約束すべきは「何かをした結果として、どのような県にする」ということであり、マニフェストに掲げるべきは「何をするか」ではなく、「どのような県にする」かなのである。

 具体的に言えば、農業振興のために「○○公社を作る」とか「○○制度を作る」といったことを約束するのではなく、4年間で「農業所得を○○にする」という「成果」を約束すべきで、その結果で4年間の行政が評価されるべきなのである。

 

 

 この数十年で鹿児島県はどう変わったのだろうか。例えば、県は何十年にもわたって産業振興を図るという目標を掲げてはいるが、その結果として県民所得の都道府県順位は大きく上がったのだろうか。

 行政は抽象的な目標や実施する事業量などを目標として掲げたがり、それがうまく行っていると自己評価をする。しかし、抽象的な目標や事業量がいくら達成されたと自己評価しても、事業の「成果」が現れないと県民生活の改善は一向に進まないのである。極端なことを言えば、「成果」さえ出てくれば、目標達成のための手段である事業は何をやっても良いのである。

 いずれにしても、これからの行政の取り組みに対しては、事業の「成果」をきちんと評価できる仕組みが不可欠であり、県民は「どんな事業が行われたかどうか」ではなく、事業が行われた「成果」を評価するようにならなければいけないのである。

 

 

上原 智之(ウエハラトモユキ)

上原 智之(ウエハラトモユキ)

昭和62年3月、早稲田大学法学部卒業。同年4月、山一證券株式会社に入社。平成2年3月同社を退社し、平成3年5月、株式会社鹿児島総合研究所(当時はMBC総合研究所)に入社。平成12年から政策研究部長として、同社の政策立案、調査研究・コンサルティング業務に従事。平成17年3月に鹿児島総合研究所を退社し、同年5月有限会社リサーチ&コンサルティング鹿児島を設立。
※平成27年1月6日、急逝いたしました。

記事の評価、コメントの投稿には、会員登録が必要になります。

会員の方

パスワードをお忘れの方、
再設定を希望する方はこちら

会員以外の方

鹿児島ウォッチャーは無料会員制です。
会員登録をされる方はこちらから

お申込み
「ウォッチ!県議会 県議会って何だ」
稲盛経営
「ウォッチ!県議会 県議会って何だ」

このバナーはタグで設置しています

ページの先頭へ