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不適切だった伊藤知事へのリコール運動

2013.12.24
執筆者:上原 智之(ウエハラトモユキ)

合理的根拠に欠ける伊藤知事へのリコール運動

 昨年11月に伊藤知事へのリコール運動が行われ、約15万人が署名をした。リコール運動は、県職員の上海研修問題や県体育館の建設問題が原因とされている。

 しかしながら、「政策に賛成できないからリコール」という行動には非常に強い違和感をおぼえる。知事が掲げる政策に賛成できないからリコール、というのはあまりにも唐突であり、短絡的である。今回のリコール運動では、県職員の上海研修問題はまだしも、少なくとも県体育館建設は選挙時の公約にも掲げられていた事業で、その公約を実行に移そうとしただけの事であり、なぜリコールの対象とされたのか理解に苦しむ。

 今回はリコールに至らなかったが、今回の動きをみると、例えば伊藤知事が川内原発の再稼働を認めたら、原発反対派の人々が知事のリコール運動を展開するといった具合に、みんなが賛成できない政策が出てきた場合、即リコール運動が展開されるような異常な事態にもなりかねない。

 

事業を実施するかどかの決定権は知事ではなく、議会にある

 今回のリコールに違和感をおぼえるのは、リコール運動を行うだけの合理的根拠に欠けていた点とあわせて、県政の中での知事の役割について、リコール当事者が理解できていないとしか思えないことによる。

 そもそも、知事は県政において圧倒的な権力を持ち、独断的に事業を行えると誤解されがちだが、本来はそうではない。県が事業を実施する際には大部分の場合予算を伴う。しかし、県が勝手に予算を作って執行するわけではない。予算は行政機関としての県当局が考えるのだが、その執行にあたっては議会の承認が必要である。

 つまり、予算化されようとする事業が不適切な事業であるならば、県民の代表である議会が予算化をストップすればよいだけなのである。実際に、県職員の上海研修は当初1,000人規模を予定していたが、議会で補正予算を審議する過程で300人規模に縮小されるとともに、民間人を対象者に広げるといった改善が行われたのである。それで十分かどうかは議論が分かれるところだろうが、少なくとも議会において予算が修正されたことは評価に値する。

 いずれにしても、事業を実施するか否かの最終的な決定権は知事にはなく、議会にあるのであり、仮にリコール運動を展開するのであれば、予算を認めた議会をリコール対象とすべきである。

 

政策に反対するのであれば、議論を通じた見直しを

 ところで、政策への反対が多く、首長が掲げる政策が思うようにいかない代表的な例が橋下大阪市長である。橋下市長の政策は、府市統合による「大阪都構想」をはじめ市営バス、地下鉄の民営化など、様々なところから反対にあい、あまり進んでいない政策が多い。しかし、市民の間では「政策に反対だから市長のリコールを」という動きなどはまったくない。

 橋下市長が市の改革を推し進めようとしているのを市民が理解していることがその背景にあるのではないか。そのため、改革に向けた橋下市長が打ち出す政策については賛否が分かれるのだが、個々の政策に反対だからといって「辞めさせよう」という動きにはつながらないのであろう。

 

リコールや不信任に値するのは政治家の「資質」の問題

 一方で、猪瀬東京都知事は知事就任1年あまりで辞職した。その原因は承知の通り不透明な資金の流れであった。政策的には何の落ち度もなかったが、「行政を司るだけの資格があるか」が問われた結果である。つまり、政治家としての「資質」が問題だったのである。

 「政策」については、議論や多数決により結論を得るべき問題である。それに対して、政治家としての「資質」は議論や多数決の対象となる問題ではなく、首長等に適しているかどうかは、住民や議会がその言動や行動を見る中で、不適格と思えばリコールや不信任などを通じて判断すべき問題なのである。

 話は国政に飛ぶが、TPP交渉については国会議員にも反対者が非常に多く、国会の内外を通して喧々諤々議論されている。しかし、政策に反対だからといって自民党内から「総理大臣は辞めろ」などといった声は聞こえず、野党からも内閣不信任案が出される様子はない。このことを見てもわかるように、あくまでも政策の良し悪しは議論と多数決で決めるのであり、責任者が辞めるとか辞めないとかには直結はしない問題なのである。

 

政策について議論ができる風土の形成を

これからの鹿児島を発展させるためには何が必要なのか。きちんと議論できる風土を作ることである。知事の政策に反対する人は、まったく聞く耳を持たない。これでは議論にならないのである。反対の立場にある人こそ知事の話に真摯に耳を傾け、きちんと反対の弁を述べることが必要なのである。

だれもが賛成する政策だけであれば、知事をはじめとする首長は必要ない。一方で、鹿児島県がこのままで良いと思っている人は多くはないはずである。そして、改革につながる政策は反対者が多くでるものである。

「政策に反対だからリコールを」などといったひねくれた民主主義ではなく、政策について議論し県民の意向が十分に反映できる風土を形成していくことが、これからの鹿児島の発展には必要不可欠なのである。

 

上原 智之(ウエハラトモユキ)

上原 智之(ウエハラトモユキ)

昭和62年3月、早稲田大学法学部卒業。同年4月、山一證券株式会社に入社。平成2年3月同社を退社し、平成3年5月、株式会社鹿児島総合研究所(当時はMBC総合研究所)に入社。平成12年から政策研究部長として、同社の政策立案、調査研究・コンサルティング業務に従事。平成17年3月に鹿児島総合研究所を退社し、同年5月有限会社リサーチ&コンサルティング鹿児島を設立。
※平成27年1月6日、急逝いたしました。

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