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『陽春の郡山を歩く』2

2019.6.4
執筆者:宮島孝男

 次の目的地「隠れ念仏洞」へ向かう。花尾神社からは近い。10分ほどの距離だ。

 小川のほとりをモンシロチョウが可憐に飛んでいる。『春の小川はさらさら行くよ~』『ちょうちょう ちょうちょう~』ついくちずさむ自分がいる。日本人に生まれてよかったと思う瞬間である。

 昔ながらの石造りの倉庫と大きな構えの旧家が見える。その昔、「○○どん」と言われていた分限者だろうか。

 11時40分、「隠れ念仏洞」入口に到着。案内看板には英語表記もしてある。外国人も見学に少なからず訪れるのであろう。

(2-2)隠れ念仏洞案内板 山道、階段を15分ほど登る。森をゆする風音。山鳥が静寂な山にけたたましく鳴く。階段の土が雨に流されさらに段差が生じている。思った以上に遠くてきつい。着くころにはさすがに息が切れた。

(2-3)隠れ念仏階段

 標高222m。天然の洞窟があった。巨岩の下の三角形の裂け目の奥に本尊がひっそりとたたずんでいる。禁止されていた浄土真宗を敬い、300年の間守りぬかれた場所だ。

(2-4)隠れ念仏洞 

 『隠れ念仏と隠し念仏』(講談社)の著書がある作家の五木寛之も実際ここへ足を運んでいることがわかった。「隠れ念仏洞」の中で合掌する氏の写真も載っている。なお激しかった鹿児島県の廃仏毀釈について学ぶには、鵜飼秀徳『寺院消滅』(日経BP社)が参考になる。

 駐車場の片隅の東屋で昼食を取る。やはり非日常の場での食事は格別な味がする。 

 高菜で巻いた大きなおにぎりと豚汁とでエネルギー補給した私たちは、いよいよ最終目的地である大雄山南泉寺を目指して威勢よく出発した。

(2-5)弁当

 途中、「東郷の藤川天神へ行く道に似ている」と従兄が言う。令和でクローズアップされた太宰府天満宮と縁のある神社なので、今ごろ少しは賑わっているかも知れない。私は長男と歩いた四国のお遍路道を思い出す。

 しばらくしてからゆるやかな長い坂が続く。高台に家並が見える。芝桜だろうか。石垣を濃いピンクが覆っている。「人間は地球の津々浦々いろんなところに家をつくるものだ」四国の山村で思い浮かべた言葉が蘇る。

 大雄山南泉院の案内看板がふと現れた。住職の宮下亮善氏とおぼしき僧侶が数珠と瓢箪を手にしたイラスト入りである。「一隅を照らす」の文言も謳われている。住職夫人が経営する「妙智心の診療所」の看板も併置されていた。

(2-6)南泉院案内看板

 瓢箪棚が見える。瓢箪村の起点でもある。かつて平成の始めにはミニ独立国を形成していた。「ホーホケキョ!」「ホーホケキョ!」ウグイスが何度も甲高い鳴き声を上げる。歓迎してくれているのだろう。

 馬渡峠に差し掛かる。「花尾路を 辿りて来れば 霞たち 遥けき彼方 薩摩富士浮く」住職の歌碑が建っている。金峰山と開聞岳(薩摩富士)の眺望が素晴らしい。

(2-8)遠くに金峰連山と薩摩富士

 「春だなあ」モンキチョウが2頭たわむれている(チョウの正しい数え方が1頭、2頭…だったことは意外)。アザミもちらほら色づき始めている。

 南泉院入口に達する。仏像が迎えてくれる。集会所らしき家屋も。花尾瓢箪村役場とある。かつてここがミニ独立国・瓢箪村の拠点であった。

(2-9)仏像が迎えてくれる

 真ん中にフクロウを挟んだ赤いエプロンがけの地蔵6尊に見送られ、花尾奥の院じぞう坂をゆっくりと登って行く。春風に乗る日の丸の国旗と鯉のぼりが見えた。もうすぐだ。

 13時20分、大雄山南泉院着。

 このお寺は、もともと鹿児島市天文館の近くにあったのだが、明治初年の廃仏毀釈により廃寺となった(その跡地に照国神社が建立されたとのこと)。それから130年後の平成9年(1997年)、現在の住職である宮下亮善氏が、この地を整備して再興されたもの。詳しくは、「大雄山南泉院 略縁記」を。

(2-10) 南泉院に到着 下の広場(駐車場)から寺院へ上がる正面階段横の紹介板には、「人間が一番悪い 地球上の動物が集まって会議をしたら 『人間さえ この星にいなかったら どんなに平和であろうかと』」の文字が刻まれている。出典は宮沢賢治の童話『種山ヶ原の夜』だ。まさに至言であり心に刺さる。

 寺院内では、「地球の癌細胞は人間かも知れない 嘆きの仏陀 怒りの山の神」(大雄山南泉院)の文字も目に留まった。こちらは住職自身の発露か。

 「まるまると ふわりふわりと ころころと~」『愛』という迫登茂子さんの詩碑や宮沢賢治の代表的な詩「雨ニモマケズ」の立て看板を見ながら不動堂へ。

そしてお参りをする。

 不動堂の左奥には池があった。カエルがゲロゲロ鳴いている。やっと気づくような小さいメダカが泳いでいる。鹿児島の東の水源地、甲突川の源泉だそうだ(後ほど住職から聞いた)。

(2-12)妙智心診療所手前池

 そういえば、「妙智心の診療所」の手前にも池があった。カエル・オタマジャクシ・メダカに加えアメーバーもいた。オニヤンマ2匹が颯爽と池を縦横に飛び交っていた(時速70kmという驚異の飛行速度を誇るそうだ)。孫たちが絵日記を書く、自然観察をするにはもってこいの場所だと思う。

 振り返ると、反対側の小高い丘には、シュエダゴンパコダ(仏舎利塔)-仏牙寺-がそびえている。近づくにつれ異国情緒を感じる。宮下住職は長年、ミャンマーの農村に学校を建設する運動にも携わってきた。その絆のシンボルとも言えよう。また住職は、寺小屋「啐啄塾」を開き、青少年の健全育成にもあたっている。

(2-13)仏牙寺

 幸いに寺院の草払いをしていた住職に会えた。

「大雄山は標高495mです」

「馬渡峠の名のとおり、昔は馬で運耕していました」

「全国で五ヶ所、この辺りはイワツツジが咲き乱れていました。花尾の由来です。九州では唯一の地名となっています。また、紫ランの群生地としても知られています」

「合併時には花尾の名を残そうと運動をしたんです。鹿児島市郡山町となるところが鹿児島市花尾町となりました」

 いつもの宮下節にいつのまにか引き込まれてしまう。

 付け加えておくが、宮下住職は「西南之役官軍薩軍恩讐を越えての会」の事務局も務めており、平成29年には、西南之役百四十年として、西郷吉太郎、大久保利𣳾の両曾孫を迎え、導師として慰霊祭を執り行なった(慰霊塔などの建立も)。

 さらにこの春、南泉院が桜満開の頃、大久保利通公玄孫の大久保洋子さんと鎌田薫水師を招き、『講演と薩摩琵琶の集い』も催した。

 南泉院で1時間ほどが経った。すっかり、心も体も洗われたようだ。「このまま、どこか遠くへ連れ去られたい」不思議にそんな気分に襲われてくる。

 「明らけく 後の仏の御代までも 光つたえよ 法のともしび」宗祖伝教大師御歌に送られて下山を始める。花尾小手前経由でひたすら「ららら」へ。

 二車線の立派な舗装道路だが、車はほとんど通らず、ふたりで貸し切っているような感じである。

  1. (2-16)二車線の立派な道路

 狩集(かりあつまりと読む)の表札があった。歩く先には阿弥陀三尊塚や三蔵塚橋などもあった。信心の篤い地域らしい。狩と仏教、何か相関があるのだろうか。

 いつものパターンだが、帰路は結構きつい。単調だ。従兄はたまに見失うほど先を行く。私は失速する(足には豆が)。上り坂の頂上の先は見えない。果たしてどんな景色が開けるのか。

 ニワトリの鳴き声がする。昔は日常のことだった。道路から見上げると、地鶏数羽に囲まれたおじさんが手を振ってくれている。大いに励みになった。

 16時15分、ようやく「ららら」着。約2時間結構な距離だった。楽しみの温泉タイム。リュックをかついで歩いた後は、やはり寝湯がいちばんだ。

 車窓から夕日を浴びながら17:00発のバスで市内へ。日が長くなった。夕日といえば住職の愛娘の名前が茜(あかね)だったことを思い出した。夕日で南泉院一帯が茜色に染まるからに違いない。

 今日も約20キロ歩いた。「家族に乾杯 自分に乾杯」従兄の音頭でグラスを合わせる。ビールの美味しい季節の到来だ。

 「うまくいってもストレスがたまるのが人間。だからまた別の行動を起こす」幸せをかみしめていると、従兄からこんな言葉が飛び出した。なかなかの人生論者のようである。

 

宮島孝男

宮島孝男

1954年 鹿児島県生まれ。
1973年 鶴丸高校卒業、1979年、九州大学文学部卒業(社会学専攻)
 同年   MBC南日本放送入社。企画部長・マーケティング担当部長や鹿児島総合研究所の企画研究部長・地域政策部長等を歴任
2007年 鹿児島県議会議員(1期)
2013~2016年度 志學館大学非常勤講師
2019年 ㈱言論鹿児島 シニア・フェロー

これまで、県・市町村やJA・商工会等の各種プランを策定、南のふるさとづくりコーディネーター・アドバイザー、県・市町村の審議会・行政評価委員会等の委員、自治研修センター・鹿児島市生涯学習プラザ等の講師を務める。講演多数。
2011年から著書の出版、新聞・雑誌等への投稿・寄稿など本格的に執筆活動を行っている。
2019年から「鹿児島ウォッチャー」に論説、コラム、エッセイなど執筆を始める。

【著書】
・『ウォッチ!県議会 県議って何だ!?』(南日本新聞開発センター)
・『こげんする!鹿児島-鹿児島地域づくり実践編-』(南方新社)
・『どげんする?鹿児島-鹿児島地域づくり戦略論-』(南方新社)

【執筆歴】
・「月刊ずいひつ」(日本随筆家協会)
・「随筆かごしま」
※「月刊ずいひつ」と「随筆かごしま」は休刊中
・南日本新聞「時論」

【受賞歴】
「第24回随筆春秋コンクール」(2018年)奨励賞受賞

趣味は読む、書く、歩く、たまの登山

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